All the Pretty Horses
なんか急転直下な出来事もあって落ち着きを無くしていたが、心を鎮めるように心がけたこの数日。今までどおりの生活リズムに戻すべく映画を見ることにした。邦題は珍しく原題のままに「すべての美しい馬」。映画の出だしのシーン。大量の馬が画面を横切るように走り抜ける場面は、カメラの位置も低く、また馬も栗色や白などさまざまな色が混ざっていて迫力がある。馬のシークエンスとしてはとても印象深い。またタイトルバックで荒野を表現するシーンも3秒ぐらいの短い情景描写を重ね重ねていく部分もとても勉強になる。こういうリズムで情報をどんどん重ねていくことで物語が展開する情景が見る側の中に立ち上がってくる。そこから重なるピアノの旋律とマットの声。これがこの映画のトーンを決定づける。コロンビアとミラマックスのクレジットを含めて、そこまでで3分。こういう掴みをさらりと頭の中でイメージできなきゃ駄目なわけだ。さらに話は進む。牧場を愛してきたジョン。しかし祖父が死ぬ。澄んだ瞳が美しいロバート・パトリック演じる父親は世捨て人。母は再婚して女優。サム・シェパード演じる弁護士にも相談するが、母親がすべてを相続し、家と牧場は三倍の値段をつけた石油会社に売られる見込み。居場所がなくなり仲間のレイシーとメキシコへ向かう。ここまでで8分。なんとも見事な導入だ。そのあと製作陣のクレジットに入るが、南への旅の場面で見せられる景色はかなりすごい。あまり見たことがない感じ。潅木が入り混じった砂漠と荒野。徐々に徐々に土地が豊かになって行くなと感じた途端に遥かに広がる渓谷。川を越えればそこはメキシコ。とてもさらりと仕上がっているが、こういう緻密な構成は簡単なことじゃない。男二人旅というと、どこか「モーターサイクル・ダイアリーズ」を思い出すが、この物語ではすぐに少年が旅に加わる。そこからはそれぞれの個性を生かした三者の係わり合いが始まる。これも定石だ。それぞれの強みと弱み。だが、この映画の主人公であるマットは、ずっとそれを傍観している。それはつまり彼の紹介は序盤で終わっていて後二人の紹介が終わるまでは脇に回して当然ということだろう。映画が始まって30分すぎには、新たな生活の場を得て、何して働くか、雇い主、その娘と、主な登場人物と状況の詳細設定が完了する。これもいつもの基本だ。さらに旅に加わった少年は雷が怖くて問題を起こした後に一度消える。この伏線の帰着も楽しみとして残すのも基本だろう。しかし荒馬を馴らすという仕事をここまでじっくり見たのは初めてのように思う。要はロデオなわけだが確かにキツい仕事だし、相手は生き物だから、馬に対する愛情がなければ成立しないのは明らか。その意味では昔からカウボーイは荒くれ男だけれど心は優しいと言われてきたのも頷ける。物語は雇い主の美しい娘との関係を深めてしまう方向に進む。周りは知っているが口にはしない。唯一、仲間のレイシーだけが口に出して忠告する。娘が去った直後に突然の逮捕。やっぱりあの小僧のために…とブレヴィンス。早々に伏線が戻ってくる。ここで映画はちょうど半分ぐらいか。ふむふむ。ここでも基本の構成だ。いきなり留置所。だがその前にレイシーとは友情を確認しあう。これも伏線だろうなと思った途端にブレヴィンスは殺され、二人はエグい刑務所へ送られる。前半とは打って変って理不尽に満ちた世界。殺さなければ殺される。そして突然の釈放。なんだか主人公は死なないマンガのような物語だが、アレハンドラのおかげで生きて娑婆に戻る。そこからは急に恋愛映画タッチに移行して悲しい別れ。しかし、ペネロペってこんなに涙出せる女優だったのね…という感じだが、それでもヘタでどうにも見ていられない。ジョンはそこから馬を取り返すという意外な行動を取る。ほクソ笑いながらブレヴィンスを殺した警官を追い立てて馬を連れ出し、ふたたび荒野へ。そして留置所で一緒だったインディアンに助けられ川を越えてアメリカに戻る。そしてアルマーニに似た判事がシブい演技を決め、ジョンは故郷に戻りレイシーに馬を戻す。さて、この映画、何を描きたかったのだろう。信念だろうか。友情だろうか。生きるということだろうか。ラストシーンの絵からすると青春映画のようにも思う。この手の情景描写の映画の場合、美術や衣装がどうなのかを判断することはまったく出来ない。それぐらいにテキサスのことも知らないしメキシコのことも知らない。少なくとも構成は見事だと思う。脚本もほどほどに上出来ではないだろうか。撮影は構図のひねりが足りないというかベタ回しが目についたが光量をうまく捉えて味を出していたのは明記しておけると思う。しかし何かが足りないと思うのは何だろう。良く出来ているおにに何かが足りない。だからぐっと胸に迫るものがない。だからきっとこの映画のことはいつの間にか記憶の片隅に片付けられてしまうような気がする。
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