THE BOURNE IDENTITY

責任逃れのあと始末とは知らず、屈強のCIAエージェントたちが総出でジェイソンを消そうと奔走するが、常に裏をかき続ける奥の深い脚本は見事。もちろん「そんなこと可能なの」という疑問符は常に抱えさせられるが、物語を追うことの方が楽しいでしょっていう引っ張りがあるので気にならない。こういう「いいじゃん、それより次が気になるでしょ」という説得力のあるバランス感覚は好きだ。クライブ・オーウェン演じるパリから来る追っ手役のスパイとの戦いも、静けさのある田舎の木立で肉体面よりも冷静・忍耐と頭脳の戦いになっているように思う。ジェイソンの挙動はすべて計算され尽くした無駄のないもの…というキレは随所に見られ、そこにマット・デイモン演じるクールさも相俟って、新時代のスパイキャラクターを声高ではなく主張することに成功したと思われる。パーソナリティは冷静沈着冴えわたる頭脳。しかし物語の中では痛い時は痛いという顔をする人間性。そうしたリアリティの追求がある。そして痛くても痛いと大袈裟さは存在させない。だがそういうパーソナリティの描写に向けての演技を一切省かずに物語を紡いだところが興味深い。また、たとえばパリの隠れCIA基地の場面でも、螺旋階段の上にいて追い詰められた状況を打破するために、殺した敵を抱えながら飛び降りて姿勢を保って階下に潜む敵を一発で撃ち抜くわけだが、よくこんな事を思いつくもんだと最初は驚いた。しかし、抱えた敵をクッション代わりに使うという脚本が、実際にはありえない場面に現実味を与えている。本当に徹底的に一味足し尽くして行けば、そこに別の次元の世界観が現れ出でることを教えられた。
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