Tuesday, March 07, 2006

The Limey

邦題は「イギリスから来た男」。原題のライミーっていう意味を全然知らなかったがアメリカ英国人のことを指す言葉なのだそうな。語源は英国水兵がビタミン補給のためにライムを食したことに拠るらしい。監督はスティーヴン・ソダーバーグ。「エリン・ブロッコヴィッチ」の直前にこれを作ったと思うのだが全然こっちの方が面白い。エリンの方は実話だから作るのがむずかしかったのかもしれない。史実系や実話を描いた映画は結構沢山見てきたけれど唸るような作品は本当に少ない。一方、この作品はソダーバーグの才能がとてもよくわかる。映画を見ていると撮影されたシーンというのは案外少ないことに気づく。ロケ場所もすごく少ない。けれども十分に見せる。またソダーバーグには映像を切り替える独特のタイミングがある。一般的にはそのタイミングが自分のリズム感に合わないと苦痛に思うのだが彼のタイミングはまったく別のリズムがあって嫌ではない。しかし映画が始まってしばらくしてからどうにもクスクス笑いが止まらない。ルイス・ガスマン演じるエドが憲太郎に見えて仕方ないのだ。というかまるで憲太郎でしょ。ルイスは「マグノリア」にも出ていたっけ。テレンス・スタンプはどこかに60年代のイコンだと書かれていたが僕にはどうも「スーパーマン」の敵役のなんとか将軍みたいな極悪人というイメージしかないのは単に勉強不足っていうことだろう。それからピーター・フォンダってのは妖怪なのかね。テレンスと同じ歳で今年67歳になるというのに、皺はないしデブでもハゲでもない。ハリウッドのセレブな役がそのまま生きて歩いてるような感じで、どういう延命療法を続けてるのかわからないけれどマドンナのようにハリウッドに集るアンチエイジングのすべてを試みているのだろうか。岩場で足をくじくっていうあたりはジジイ丸出しで笑えるが、ピーターの変らなさはサイボーグのようで気持ち悪い。物語はものすごく単純だ。娘の死に疑問を持った男がそれを確かめる。ただそれだけの話。その単純さをソダーバーグは逆用して新しい表現を試みたのだと思える。時間経緯を恐ろしいほど細かく操作していく。この手法は確かにオリジナリティがある。沈黙の映像に重なるように続くセリフの声。編集後の出来上がりまで完全にアタマに入れて撮影が行われたのは当然なのだが繋ぎがとても面白い。微妙に時間をずらすようなインサートもあれば色感を変えての回想も差し込まれる。その幅が面白い。撮影も手掛けるスティーヴン・ソダーバーグならではの作り方だろう。鏡をうまく使った画面の作り方やところどころで見せる極端な画角など学ぶところはあるが映像の作り方にはそれほど目新しいところはない。美しいところとチープなものが混ざっている。それまで確信犯的に撮ったとは思いがたい。特に室内のシーンではセットを組まずにロケで行っているからか微妙に窮屈な撮影をしている。もちろん全体にロスの風景満載でどこか楽しい。冒頭にウィルソンが降りてくるLAXの景色とか、本当に普通の旅行者の視点そのもの。あのアライヴァルの出口から出てきたときに見える高架下の影と向かいの駐車場の景色や、タクシーの黄色や、乗り場あたりに差し込む西海岸特有の陽射しの感じも写しこまれていて、ちょっと別の記憶が蘇る。ロスらしいと言えば空の感じだがパキンとした青空もあれば霞んだ空もあって懐かしくも匂いまで漂ってくる。美術も普通。衣装も普通。映画中にテレンスの若かりし頃の映像が出るのは、ケネス・ローチ監督の「夜空に星のあるように」。いつか見直したいと思うが、ラストがそれで締めくくられるところにもソダーバーグの確信犯的な映画作りの姿勢が見えてとても興味深い。そういえばイレインの家の壁にかかる「The Clouds Cannot Sleep」という映画のポスターだが字詰めがひどくてすごく気になった。当時は活版時代だったのかもしれないがどう見てもひどいと思うのでキャプチャーを上げておく。一瞬の映像なのに、こういうことにキチンと気が行ってしまうのは僕の才能ではなく単なる職業病のようにも思う。しかしながら、とにかくこの映画、自分の英語力のなさを思い知らされる映画だった。前半にギャングがウィルソンに向かって喋り方が娘に似ているという台詞があるが僕の掴みもその程度。イレインがウィルソンと交わす会話の中にあるのだろうウィットなどは全然わからないので笑えない。毒づくウィルソンの一気喋りに麻薬捜査官のおやじがさっぱりわかんないと呟くところも情景はわかるが笑えないし深い意味がわからない。たぶんアメリカ人から見たイギリス人っぽさを丸出しにしているような脚本なんだと思うけれど、英語での漫談についていけないのと同じでお手上げである。さらにどうでもいいんだけど、この映画を見ている最中に「マルホランド・ドライブ」の中で描かれているメガネかけた映画監督ってスティーブン・ソダーバーグを描いてたんだってのに気づいた。くだんの映画ではその彼を描く意味すらまったく無駄に思えたけれど。

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