Wednesday, March 01, 2006

Ray

ジェイミーフォックスに期待して観たが、これほどまでに来てるとは思わなかった。まったくもって素晴らしい。「コラテラル」を観たときも主役のトム・クルーズを食っていた。あの最悪に骨抜き映画の「ステルス」でも彼だけは光っていた。彼には常に神が降りている。そんな風に思わせるのは何なんだろうか。この作品で彼は完全に音楽家になりきっている。実際にピアノを弾く姿からはモノ真似という言葉が指し示す感じがないのだ。到底フェイクに思えない演奏。単に才能という言葉で片付けられないモノを感じる。最後に目を開けるレイを演じるために、ジェイミーは相当考えたに違いない。それはさておき映画の話を書こう。目の見えないレイのサングラスに映る鍵盤を踊る彼の指。そこに練られた考えがある事を窺わせるイントロが印象的だ。序盤からリアリティのある映像が押してくる。途中途中に挟み込まれる古いフィルム質感の映像も効果的だ。だがそうして描かれる当時のアメリカの現実を知れば知るほどレイがいた世界の退廃と無力さが立ち上がってきて哀しみを誘う。さらに人間が容易に考えつく悪意の象徴として盲目であることによる騙しや裏切りの数々。若き日のクインシーが付き添う場面に漂う悲哀には目を伏せてしまうし、レイがクスリに身をやつして行く孤独感は深く胸を打つ。言葉に出来ない多くの悩みを心の中に封じ込めながら自分を信じて前進しようとする孤独感には本当に泣けてくる。一方、健常者の僕にはどうやっても盲目という世界が遠く感じる。視覚を失った子供の頃のレイが音と気配で空間感を掴んでいく微細な演出は興味深かった。だが、子供の頃の記憶の世界を持ちながら音と触覚だけですべてを判断し想像の中で生きていくのだ。ハミングバードの音を聞き分ける耳と言われてもその研ぎ澄まされた感覚の実像は掴み切れない。しかしそれを実感できない僕に、そこにはない水に触れる感覚を持ち込んで疑似体験をさせる演出に驚かされた。僕も含め、すでに誰もがレイが最終的に成功したことを知っているわけだ。しかしその成功を単に「才能があったから」と当然のようには描かない丁寧な脚本に僕は敬意を表したい。人と違うことをやろうとするときには周りの理解を得られない葛藤がある。僕にはそれが自分ごとのように感じられる。出る杭打たれるの理どおり、阻止するものとの闘いも続く。それに打ち勝っていくのにどれほどの精神力が必要か、その道のりに足を踏み入れたことのない人に想像してもらうことは本当に難しい。それを思うからだろうか、最後にジェフがレイに対して不信感を抱え始める描写が始まったとき僕の胸はキリキリと痛んだ。だが、それがレイには見えないのである。見えるのであれば顔色や微細な態度ひとつで気づくこともあっただろう。いや、レイにはわかっていたのかもしれない…。我々健常者とは違う感覚の紡ぎあわせで十分に察知していたのかもしれない。そういう思いが映画の終盤に湧き上がって来た。この映画を、盲目の人を描いたとして見るのではなく、ひとりの天才の葛藤に満ちた努力の物語として見るべきなのだという思いが湧いてきた。映画ではそうした伏線はすべて帰結する。そこに描かれている横領に自分のやるせなさを置いたジェフの気持ちも痛いほどわかる。そしてそれを知ったレイの複雑な痛みも僕にはわかる。金銭が絡んだ悲哀。それが悲しい。どうして人間はこうなってしまうのだろうか。執着とはなんだろう。なぜ人間は誰もが目指す成功がもたらすものを、なぜ事前に考えることが出来ないのだろうか。成功を収めワールドツアーを成功させ、巨大な邸宅を手に入れたレイがマージーの死の知らせに泣く場面に込められた寂しさも胸を打つ。ひどいことをした自分への罪の意識。愛した記憶。家族への罪の意識。変えられない死という現実。そこに導いた自分。彼女との間に出来た3歳になる息子。自分が背負っている責任の数々。重くのしかかる重圧すべてがレイには逃れられない現実として押し寄せ、抜け出せない自分の中で渦巻く葛藤…。絡まりすぎた糸は二度と解せない。どうしてこんなことになってしまったのか…。そうした気持ちが自分の中で広がっていく。そして最後に、あの水の感覚呼び起こすトラウマの蓋を、とうとうレイは自らの努力で開ける…。レイはこの映画の製作に深く関わったという。しかし彼は完成を見ぬうちに惜しまれつつ逝った。だがレイはこの映画を観るために逝ったのではないだろうか。僕は霊界からはすべてが見えていると信じている。それは現象だけではなく心の中まで見ることが出来る世界なのだろうと思うのだ。ジェイミーを始め、この作品でレイを描こうとした人々の心を通じてレイはこの映画を観たはずだ。そして多くの人に愛されたレイは、今日もその人たちの心を通してこの映画を見ているのではないだろうか。レイの作った名曲たちを何曲も聴くことができた。だが不思議に心に残ったのは映画の中でレイが弾くベートーベンのソナタの旋律だった。音楽を愛したレイの魂よ永遠なれ。

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