Wednesday, February 08, 2006

EL SUR

この映画は1983年公開だからかなり古い作品である。映画のタイトルやクレジットもモーションではなくタイポグラフィもシンプルで味気ない。だが本編が始まった途端、そこにはフェルメールの絵のような美しい映像に僕は一気に引き込まれてしまった。光と影。背景の中に現れる要素。暗闇の有効活用。抑えた色彩感。季節感の表現。もう数え切れないほど学習させられる映画である。この映画のDVDは購入して手元に持っておきたい一本だなと思わされる。映画の中にはさまざまな場面があるが、その舞台は…となると実に少ない。カモメの家が主軸だが他にはシネマの前、隣のバー、駅近くを思わせる部屋、そして教会とグランドホテルである。あとは海を見渡す丘の上や大きな裏山のような雄大な自然の景色だ。そのシンプルさが素晴らしく僕を惹きつける。また、バールの窓際の席で手紙をしたためるシーンや、グランドホテルでの昼食のシーンはエディトリアル的なファッション写真構成そのものに思えカット割りと構図の素晴らしさに唸ってしまう。カメラが捉える人物との距離感には相当の幅があるのだが映像が美しいので気にならない。目立たないけれど衣装も繊細な気配りが効いていて素晴らしい。質素だけれど上質であることがわかるし、一枚一枚の服の色彩がとても見事だ。映画の基本の基本がしっかりしていて見ていて本当に気持ちいい。娘が父の思い出を語る主法で散文詩的なナレーションが物語を引っ張っていく。この手法は静かな描写の映像をゆったりと見せながらストーリーを紡いで行くのに最も適している。つまり演じ手が台詞を語るのではなく情景だけを見せながら話を展開していくという極めて写真構成的な手法。僕はスティル出身の人間としてこうした手法が非常にしっくりくる。しかし、その手法が効果を発揮するのは、この映画のように完成度の高い絵画そのもののような映像美が合わさってこそ。静かなナレーションを陳腐な構図や、画面内要素が整理されない絵にいくら重ねてみても物語には意識がいかない。このあたりの案配は極めて慎重に取り組まなければならないだろう。その意味でこの映画から立ち昇ってくる空気感は、何がどう存在しているからなのか、その構成要素をもう一度検証しておくべきだと思った。

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