Friday, December 05, 2008

GATTACA

あんなに感動したのに「ガタカ」を書くのを忘れてた。そう「ガタカ」である。見直したというわけではなく、偶然にCSのMovie Channelで放映されているのを、最後の15分ぐらい見ただけなのだが、10年前の感動が蘇えってきた。物語も深かったし、多くの感動の要因があったが、なによりも、最初のタイトルのところで綺麗なサックスブルーの光の中に何かがパラパラと落ちているな…と思うところから、最後にジェロームがオレンジ色の光に包まれて焼身自殺をするシーンまで、どの一瞬を切り取っても計算され尽くしたデザインに圧倒された記憶だ。この映画のデザインはヤン・ロールフス。ヤンはこの映画の後、「バッドカンパニー (2002)」や「アレキサンダー (2004)」(このアレキサンダーのプロダクションデザインは、どこを見ても完璧で、本当にすごかった。)、そして「大いなる陰謀 (2007)」のプロダクションデザインも手掛けているが、この「ガタカ」のデザインは最高だと思う。挫折したジェロームが車椅子で暮らす家のコンテンポラリーなデザイン。主人公のヴィンセントとユマ・サーマン演じるアイリーンがあの巨大な建物の前を歩くときの画角とフレーミングの美しさ。彼らの職場(何を処理しているのかわからないけど)の、整然としながらも、そこに座る人間たちの清潔感のある衣装は、みんな「自己抑制が出来る人間で秩序を重んじることが出来る側」という意味でスーツ姿だし、そもそも宇宙飛行士だろうがスタイリッシュなスーツでロケットに乗り込むっていうところから僕はシビれる。僕はアートディレクターという職業だから、どうしてもヤンの仕事を細かく見てしまうわけだが、この映画のコンセプトがあるからこそ、これだけ美しい作品が生まれたのは間違いない。監督と脚本はアンドリュー・ニコル。この「ガタカ」が最初の作品なワケだから、すごい才能だ(スピルバーグが、くだらない映画にしてしまったけど、トム・ハンクス主演の「ターミナル」の原作も彼が書いた)。さて、映画の物語について少し書こう。「そう遠くない未来」と最初に出る。現代はまだ色々な遺伝子の解析をしている時代だが、その解析が終わってしまえば、次は情報の収集となり、大量の情報収集の時代を経れば、それを分析していくことで統計値が出る。そして多種多様な自然による影響も、星座をもとにした「運命」というような概念も失せ、「遺伝的に完璧であること=優れた生物=生きるべき存在」という価値観に捉われる。そしてその価値観がすべてとなった先の社会が、どういったものになるかをこの映画は描き出している。しかし、「遺伝的に完璧であること=優れた生物=生きるべき存在」という方程式は、この映画が作られてからのこの10年で、すでに市民権を得ているではないか。遺伝子組み換えの食物はすでに存在するし流通までしている。遺伝子解析とクローン技術は、すでに僕たちの想像を超えたところで「未来に巨額の利益を出す」という仮説のもとに莫大な資金が注ぎこまれている。そういう意味では、この映画の言う「そう遠くない未来」に僕たちはすでに入っているのかもしれない。もう一点は、この映画の中で「遺伝的に能力が高い」と判断された層が、「不完全な遺伝子を持つ存在(僕もこっちですな)」を支配するという社会のあり方だ。遺伝子で「君はエリート」と位置づけられるほど極端ではないが、人種や、教育レベルや、貧富の差をそのまま「支配と従属」という図式にした差別は、すでに自分たちの社会には存在しているではないか。だが現在の差別は、まだ互いの努力で壊すことが出来る。しかし、遺伝子という軸で数値化され、確実性が高まったとき「遺伝子階級制」を否定出来るだけの生活を自分たちはしているだろうか。このまま地球の人口が増え続けつつ、温暖化の影響で食料が足りなくなったとき、人間は何を基準に淘汰を考えるだろうか…。そういうことも含めて僕はジュード・ロウ演じるジェロームが、実は一番心に残った。

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