Monday, December 01, 2008

Children of Men

邦題は「トゥモロー・ワールド」。物語は西暦2027年の英国を舞台にした近未来SF。見終わったあと、これはすごい映画だ…としばらく唖然とした。監督はアルフォンソ・キュアロン。いま出てきたカフェが、いきなりどっかーんと爆破されるっていう衝撃的な導入部から、他のことを考えさせない展開でぐいぐい引っ張り続け、テーマを描ききったラストは感動的だ。正直、じーんと来た。エンドクレジットに重なる子供たちの嬌声に胸が熱くなった。はい。ぶっちゃけやられちゃいました。前半で描かれる主人公テオを取り巻く温かなモノを持った人々が描かれる。そこに別れた妻がテロの親玉として登場し、物語が展開していくわけだけど、そういう主要な人々が、ホント見事に順番に殺されたりしていく。でもその死を全然引きずらない潔い物語の進めかたがすごく心に残った。というかその死なせ方が鮮やかなんだよね。ジュリアン・ムーアも一発で死ぬけど、テオがそれを悲しむシーンを一瞬だけ濃密に描いて、そこで綺麗に捨て切りながら話を進めていく。関わる革命戦線の人間たちも、どんどん物語から身を引いていく。最後には、いままで描いてきた激烈な世界がすべて幻だったかのようなトーンにすっぱり切り替え、その上で主人公のテオまでを完璧な逝きかたで消し、ただひとつの命の存在を輝かせようとする構成と演出。この、捨て切りの姿勢というか、捨てて捨てて捨て続けながら前進させていく感じが他には無いタッチになって心に残る感じがする。表現面では、とにかく映像がすごい。トーンは彩度高めでコントラストも強め、少しカリカリ感ありなんだけど、物語と相まった美術と効果がすごいので圧倒されっぱなし。カット割りもすごいし、とにかく画面から眼が離せない。最後の脱出の前に収容所の中で蜂起が起こり、そこからボートに辿り着くまでの間の銃撃戦あたりの濃密さにはかなり驚いた。なぜなら映像がずっと途切れないからだ。テオの横でずっと彼と彼の周りを手持ちカメラで撮影しているような長回しなんだけど、場面ごとに撮影して編集で繋いだという感じが一切しないのだ。濃密な効果が重なるけれど現実感以上の余計な効果という感じがまったくないのだ。これはすごいことだと思う。CGも現在の20年後ぐらいというところで調和させることを前提に作られていて違和感が少ない。机の上のコンピュータのモニター(これは薄いガラスのようなデザインで今すぐにでも製品化してほしいぐらいかっこいい)も「ちょっとだけ」先進的。クルマは相変わらず今のままの感じだけどカーナビやメーター類がちょっと先進的、という具合だ。途中でテオが通行証を作ってくれるように親戚を訪ねるところなんかも、実際には世界中にある美術品が軒並み並んでたりして面白い。テートに渡る橋が厳重なゲートになってて、中に入るとダビデの足がちょっと欠けてたり、ゲルニカのある部屋での食事とかとか。国家が崩壊するという時、美術品なんかは全部どうでもよくなるという側面を描いているってことだろうか。ある意味で、飢えた時に美術品を抱えていても腹は満たないしそれは正しい。だけど芸術には、飢えた時にこそ希望を湧かせる力を持っている。ただそれはいつからかコンセプト合戦というか概念提示応酬に逃げ込み、実体を伴わなくなった現代美術には存在しない。ダビデ、ゲルニカ、そして、ヒプノシスのピンクの豚。この羅列を提示されてしまうと、そこを深読みしないわけにはいかない。また、この映画の美術には復古調も含めた写真がおびただしい数登場する。それを見て、人々の記憶というものは、紙に定着しているということを強烈に示された気がした。懐かしい思い出は写真に封じ込められ、それを眺めることで心の中に色々なものを呼び起こし、音や感触や匂いまでも誘引する。そうした19世紀~20世紀の手法が、この映画の中の美術にこれでもかというぐらいに提示される。それを見ていると静止した写真には埋め込まれた情報量がものすごく多いことに気づく。見知らぬ家族の写真であっても、よく観察すると、表情に漂うその時の気分や、着ている服から読み取れる暮らしぶりや、化粧や髪型からみえてくる当時の風俗や、背景に写る情景の詳細なディティールが折り重なってその場の空気が、自分の脳内に溢れるように湧きあがってくる。だが、不思議と動画はそういう濃密なものを中々伝達しない。じっと見て、脳内で再構成するという作業を許さずに主題を描くのが動画だ。どちらがリアリティを生むかの議論は不毛で、その特性を十分に理解した上で、静止画と動画の使い分けをすればいい。「モーターサイクル・ダイアリーズ」に挿入されたペルーの人々の数々のモノクロ写真の手法に接した時にアタマを過ぎったものと同じものが、この映画にも存在する。あと、僕はクライヴ・オーウェンが好きだ。今や伝説にさえなった感じの「BMW FILMS」の主役(主役と言ってもこの映画のシリーズには)を演じたころまで日本ではほとんど知られていなかったんじゃないだろうか。すごく不思議に思ったので彼をIMDbで調べてみると、元々は舞台のひとだったようで、まさに「BMW FILMS」から突如としてスクリーンに登場した人だということがわかる。その後の「ボーン・アイデンテティ」で教授という名の殺し屋、そして「キングアーサー」で主役。さらに「インサイドマン(2010に続編が登場するらしい)」、「エリザベス:ゴールデン・エイジ」と、ものすごい活躍だが、僕はやっぱり短編シリーズの「BMW FILMS」で多種多様な状況下でありながら寡黙なドライバーを演じた彼に漂う他には無い存在感が最も記憶に刻まれている。彼もまた見続けて行きたい俳優のひとりだ。

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