Thursday, October 06, 2005

Der Amerikanische Freund

邦題は「アメリカの友人」。「ベルリン・天使の詩」の10年前にあたる1977年にヴィム・ヴェンダースが作った古い映画だ。今では貫禄の親父だが二枚目俳優という肩書きをまだ持っていた頃の若々しいデニス・ホッパーに会える。映画全編に亘ってマチスの絵のような色彩が印象深い。描かれる街は場末であって決して綺麗ではない。そうしたなかにまるで絵の具のような透明に冴えた色彩が織りこまれている。全体にフィルムを増感させたようなノリの調子が見られるので現像でも色にこだわったと思えるが事前の準備も相当のものだろう。慎重に色彩を視点に入れたロケーションが選ばれ、同時にカメラワークもその考え方に沿っている。衣装もそうした視点から見ると慎重に色調が考えられていることがわかる。中盤のNYでデニスと贋作作家が意味深な言葉を交わす場面でもコートの色と建物の色のハーモニーが絶妙で恐れ入る。そうした物語に美術品に関連した展開があるからかもしれないが、とにかく色がとても綺麗なのだ。写し込まれた美術品よりも画面全体が絵のような色彩を放つ。これは昨今の映画には見られない味として改めて新鮮に思う。途中パリの空を赤くしてしまったのはやりすぎで興醒めしたが、全編に亘って色彩に惹きつけられ続ける。なんで贋作がオークションに出せるわけとか、なんでそれだけの理由で急に人殺しの話をもちかけるかなとか、殺しを持ちかけるミノの背景が全然わからないとか、それに乗らないと映画自体が進まない脚本ってどうなのかなとか、そんなに簡単に拳銃撃てないし、そもそもマフィアの人間はそんなに無防備じゃないでしょとか、パリ初めてでフランス語も出来ないのになんで迷わずに戻れる余裕あんのとか、なんで裏商売して稼いでるのにデニスはいつもエコノミークラスに乗ってるのとか、どうして中盤から急に殺し屋っぽく振舞っちゃったりしちゃうのとか、そんな素人にワイヤー渡して絞殺しろってかとか、そういうことは全部置いておこう。デニスが穿いている悲しいバギーシルエットのパンツ姿におわぁとなるが当時は自分も穿いていたしそういう時代だったとして忘れよう。でもワイフがすぐにおかしいと察知するのはそうだよなと思う。女の感は鋭いのだ。映画自体はヴィムらしい作りと言えるだろう。登場人物たちはみなどこか空虚で空回りしているような男ばかり。それは誰もが同じなのかもしれないが何かのきっかけで違う次元を覗くこともある。デニスが殺しを手伝うことになる気持ちを描いたとすればこの作品は悪くない。状況を設定しそこに登場する人物の心の揺れ動きを物語る。ストーリーテリングの定石であり基本だ。しかし物語の顛末は置いておいて、何よりもこの映画の色彩には降参だ。鳥肌が立つほど美しいラストの海に向かうシーンは忘れられない。

0 Comments:

Post a Comment

<< Home